葦(よし)の髄(ずい)から天井をのぞく


江戸いろはがるたの一つ。

葦(ヨシ)はイネ科の「アシ」の別称。
「悪(あ)し」に通じるのを嫌い「善(よ)し」に言い換えているもの。

日本ではなじみの草で、神話の中で「葦原の中つ国」と呼ばれている。
和歌にも「難波(大阪)の葦」と読まれたりしている。

葦の細い管を通して天井を見ても、全体は見渡せないということ。

狭い見識では全体が見えないのだから、大きなことを判断しないようにと警告している。

葦の長い茎を編んだものが「よしず」
家の周囲に立てかけて、日よけにしたり目隠しに用いられる。

世界一の記憶術

鳴くまで待とうホトトギス

徳川家康の、辛抱強い性格を表した句「鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス」に由来。

家康は、幼ない時から苦労と忍耐を重ねて天下人になった人。

今はまだ動き出す時ではない、チャンスが来るまで忍耐強く待っていよう、ということ。

ちなみに、短気で激しい性格の織田信長は「鳴かぬなら殺してしまえホトトギス

知恵をめぐらせて頂点に上り詰めた豊臣秀吉は「鳴かぬなら鳴かしてみようホトトギス」」

江戸後期、長崎県平戸の藩主・松浦静山の随筆「甲子夜話(かっしやわ)」には、3人の武将の性格の違いが述べられている。


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這えば立て、立てば歩めの親心


昔は乳幼児の死亡率が高く、子どもの無事な成長を祈る親の気持ちは格別だった。

赤ちゃんが這うようになったら早く立つように、立つようになったら早く歩くように・・・
子どもの成長を願う親心を表した言葉。

「はいはい」は、左右の足を交互に出す動きだが、歩行の筋肉の動きとは別。

そのため、移動して何かに触りたいという赤ちゃんの欲求から生まれるという「はいはい」も、這うことなく歩いてしまう赤ちゃんもいる。

ちなみに、人が二足歩行になったのには諸説ある。

樹上から草原生活になったため、物を持つ手が必要になったため・・・など。
だが、本当のところはわかっていない。


あがり症克服

行きがけの駄賃(だちん)


「行きがけの駄賃」とは、何かのついでに他のことをして利益を得ること

「お駄賃」と言えば、今では子どもへの褒美だが、もともとは、駄馬で得る運賃のこと。

昔、馬をひいて、人や荷物を運んでいたのが馬子(まご)

馬子は、頼まれた荷物を取りに行くのに、空の馬を引いて行くのは勿体ないので、行きは別の荷物を乗せて行き駄賃を得ていた。

しかし、現在では、ついでに良からぬことをしたりする意味でつかわれることが多い。

タグ:馬子 お駄賃

天王山

「天王山」とは、勝敗を決める大事な分かれ目(勝負を決する分岐点)を表す言葉。

天王山は、京都府南部にある小山
古くから「要塞の地」だった。
要塞の地、とは、敵を防ぎ味方を守るのに便利な険しい土地。

戦国時代の終盤、豊臣秀吉(当時は羽柴)は、高松城(岡山県)を攻めていた時に、主君・織田信長が明智光秀に討たれたと聞き、すぐさま天王山に向かった。
同じように光秀も天王山を目指し、この山を先に手に入れた秀吉が勝利を収めた。

この故事から、「天王山」が勝負を決する分岐点を表す言葉になった。

圧巻(あっかん)


「圧巻」とは、書物などで最も優れた部分を指すが、転じて小説や演劇でも使われるようになった。

中国では、役人になるための「科挙(かきょ)」という試験があった。
科挙の制度は、6世紀の王朝・隋の時代に始まり、清朝(しんちょう)の1905年まで長く続いた。

科挙に合格すれば出世も約束されていたという試験。

その答案を「巻」といった。

最優秀の答案を一番上に乗せていたことから、トップの巻が他の巻を押しつぶす、つまり、圧するということから「圧巻」という言葉が生まれた。

初心忘るべからず

「初心忘るべからず」

能の達人・世阿弥の書「花鏡(かきょう)」に由来
元来は、能の芸の習練について述べたものだが、挫折を戒める意味でいろいろな分野で通用する。

能は、猿楽(さるがく)=ものまね芸から発展。
室町時代に観阿弥・世阿弥の親子が大成した。

習い始めの謙虚でまじめな気持ちを忘れず、こつこつ努力すればやり遂げられる、という教え。

能楽書「風姿花伝(ふうしかでん)」には
「上手は下手の手本、下手は上手の手本」の言葉がある。

下手な者が上手な者を手本にするのは当然だが、上手な者も下手な者から、反省や研究の材料など学ぶべきものがたくさんある、ということ。

鬼の霍乱(かくらん)

霍乱(かくらん)は、漢方医学用語で、夏の暑さによる日射病のこと。
古くは、吐き気や下痢を伴う病気のことをさした。

そこから、普段丈夫な人が、珍しく病気になったり寝込んだりすることのたとえとなった。

からかって言ったり、自嘲気味に言ったりするが、
「鬼のような人」とたとえるので、目上の人に「鬼の霍乱」などと言ってはいけない。exclamation×2

ちなみに、「撹乱(かくらん)」とは「かき乱す」こと。
敵陣を撹乱する、などと用いる。

青は藍より出(い)でて藍より青し

「青は藍より出でて藍より青し」
「藍より青し」と省略されることもある。

弟子のほうが師に勝る、という意味。

学問や技芸の分野で用いられ、出典は中国の思想書「荀子」
本来の意味は「学問や努力によって本性を鍛えられる」の意。

藍は、タデ科の植物で天然染料。
中国から輸入されていたが、江戸時代には日本でも広く栽培されるようになった。

植物の藍は青色ではないが、発酵させた液でこの葉を染めると、美しい青色になる。
そこから、教えた師よりも教えを受けた弟子のほうがまさる、ことのたとえになった。

京の着倒れ大阪の食い倒れ

「京の着倒れ大阪の食い倒れ」

京都の人は着るものに大金をかけ、大阪の人は食べるものに大金をかける。
そのために財産をなくしてしまうこともある、という意味。

京都は千年もの間、都だった

貴族たちは、織りや染め物の職人を都の周辺に集め、豪華な着物を作らせていた。
そこから、京友禅や西陣織という伝統工芸が発達。

一方、大阪は商人の町で、飲食のような実質を重んじる。

京都の人は、普段は質素でも晴れ着は奮発する。

昔から、京都の人は「着道楽」大阪の人は「食い道楽」といわれていた。
「道楽」とは趣味や遊びにふけって楽しむことをいう。

二つの町の気風の違いを象徴した言葉。